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浦和地方裁判所 昭和32年(わ)466号 判決

被告人 伊藤実 外七名

主文

被告人伊藤を懲役四年に、同小松原を懲役三年に各処する。

未決勾留日数中一〇〇日を右被告人等に対する本刑に各算入する。

その余の被告人等に対する本件公訴を棄却する。

訴訟費用は被告人等の連帯負担とする。

理由

第一、被告人伊藤、同小松原について

(罪となるべき事実)

一、被告人等は近隣或は同級生などで互いに顔見知りであり一緒に野球をするなど行動を共にすることの多い間柄であるが、昭和三二年一〇月六日午後伊藤、小松原、関、並木正雄等数名が並木豊方に集り豊も加えて雑談していた。その際小松原が伊藤に対し、当夜一同が石田の結婚祝に招待され石田方に行くことになつていたことから、「石田の家の方に関係出来る女はいないか。いたら皆でマワシ(輪姦の意)をやろう」と云つたのに端を発し、伊藤は「関係出来る女がいるから俺に任せておけ。皆でマワシをやろう」なる旨の提案をするにいたつた。その場に居合せた者はこれを聞いて若し伊藤達が女を連れて来たら互に強姦しようと内心現実化することを期待しはしたものの必ずしも本気の話とは思つていなかつた。その後豊方に来た小沢を加えて当日午後六時頃、一同は一台のタクシーに同乗して石田方に向つたのであるが、その車中においても伊藤と小松原との間に豊方における同趣旨の話があり小沢もそれを聞いていた。

間もなく埼玉県北足立郡草加町大字新里六四四番地の石田方に於て、石合等も含めて被告人等十数名で予定の結婚祝の宴が始められたのであるが、同日午後八時頃にいたり、伊藤は前示提案にかかる自己の計劃を実行に移すため小松原に合図をして立上つた。これを見た小松原は豊方での伊藤の話を思い出し、伊藤の意図を察知して直ちにこれに応じ、ここに伊藤及び小松原は伊藤の知合いの女を呼出して自ら同女を強姦すると共に、その余の被告人等をもその仲間に引入れ一緒に同女を強姦しようと企て、伊藤の知合であるA女(当時二一年)を呼び出すため一緒に石田方を出て、小松原は途中で待機し、伊藤がA女方に行き偽名を使つて同女を呼び出し、その肩に手をかけたり頬を拳骨で殴るなどして、同女を同所々在旧丸満ゴム工場空倉庫内に引張り込み、そこで足掛けにして仰向けに押し倒し、同女のズロースを脱がして馬乗りになるなどの暴行を加えて同女の反抗を抑圧し、まず伊藤が、次いで小松原が同女を強いて姦淫してその目的を遂げ、次いで両名は順次

(1) 豊と共謀のうえ同人に於て既に伊藤、小松原の行為により前記の如く抵抗する力も失い下半身全裸のまま仰向けに同所に寝たまま諦めと恐怖心とに駆られて被告人等のなすがままに任せていた同女の上に乗りかかり強いて姦淫しようとしたが同人が同女の顔を見て同級生であつたA女であることを知つて止めたためその目的を遂げず

(2) 伊藤自ら前同様の状態にあつた同女の上に乗りかかり、強いて姦淫しようとしたが陰茎が勃起しなかつたためその目的を遂げず

(3) 石田と共謀のうえ同人において前同様の状態にあつた同女の上に乗りかかり強いて姦淫してその目的を遂げ

(4) 関と共謀のうえ同人において前同様の状態にあつた同女の上に乗りかかり強いて姦淫しようとしたが同女が体を動かしたり正雄が頭の近くで燐寸を擦つて悪戯をしたりしたので嫌気がさし止めたためその目的を遂げず

(5) 正雄及び小沢と共謀のうえ正雄において前同様の状態にあつた同女の上に馬乗りになり小沢が同女の足を引張つて拡げ正雄が強いて姦淫してその目的を遂げ

(6) 石合と共謀のうえ同人において前同様の状態にあつた同女の上に乗りかかり強いて姦淫しようとしたが、人の近づく気配に驚いて止めたためその目的を遂げず

(7) 伊藤ら前同様の状態にあつた同女の上に馬乗りになり強いて姦淫してその目的を遂げ

たのであるが以上の強姦行為により同女に対し全治迄一週間を要する左側肩胛部及び右側々胸部打撲傷、処女膜裂傷、並びに全治迄一〇日間を要する陰門粘膜裂傷の傷害を与えた。そして伊藤及び小松原の以上の各行為は包括した単一の犯意のもとに同一機会に行はれたものである。

二、被告人小松原はかねて小早川一武より借受け保管中の同人所有の男物背広上下一揃(時価約一万五千円相当)を、同日午後一時半頃、同町大字下谷場六四番地質屋業日下部厳方において、同人に対し並木正雄を介して金四千五百円にて入質して横領したものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人伊藤、同小松原の判示一の事実は刑法一八一条一七七条六〇条に、被告人小松原の判示二の事実は同法二五二条に該当するが、一の罪については有期懲役刑を選択したうえ、被告人小松原については更に同法四五条前段、四七条本文、一〇条により刑の重い一の罪の刑に同法四七条但書の制限内で併合加重した刑期範囲内で被告人伊藤を懲役四年に、同小松原を懲役三年に処することとし、同法二一条に従い未決勾留日数中一〇〇日を右本刑に各算入する。

第二、その余の被告人等について

被告人伊藤及び小松原を除くその余の被告人等に対する本件公訴事実の要旨は、同被告人等は伊藤及び小松原と共謀のうえ、判示一記載の日時場所においてA女に強いて姦淫して判示一記載の傷害を与えたと云うのであるが、同被告人等が右強姦行為を行うについて事前に伊藤及び小松原と共謀した証拠はなく、同被告人等について認定できるところは、前記罪となるべき事実一として認定したとおり同日時場所において伊藤及び小松原が同女を強姦している際その中途に豊、石田、関、正雄、小沢、石合が順次参加し、伊藤及び小松原を含めて三名或は四名共謀のうえ同女を強姦しようと企て、一部はその目的を遂げ他はその目的を遂げなかつたと云う事実に過ぎないのである。

そこで斯様に先行者が犯罪の一部を実行した後介入し共に犯罪を実現した後行者がいかなる責任を負うべきかいわゆる承継的共同正犯の成否がここで問題となる。一部の見解においては後行者が自己の介入前の先行者の行為を認識して介入した場合にはその犯罪全体についての相互了解が生ずこと等を理由にして、後行者は介入前の先行者の行為をも含めて全体についての責任を負うと主張するのであるが、当裁判所はこれに賛成出来ない。元来個人責任の基盤の上に立つ近代刑法においては、行為者は原則として自己の行為についてのみしか責任を負わない。然しながら刑法は集団犯罪と云う特殊現象に着目し自らは実行々為の一部を行つたに過ぎない場合でも他人の行為を含めて犯罪行為の全体について責任を負うべき場合を規定している。これが共同正犯の場合である。この場合においても複数の者が同時又は時を異にして客観的に一個の犯罪として評価される犯行に関係していると云うのみではなく主観的に一個の犯罪に関与したものの間に於て共同犯行の認識即ち相手方の行為を心理的に支配して利用していることを帰責の事由としているのである。従つてその心理的支配は必然的に相手方の行為の前に存する筋合でなければならない。とすれば後行者が先行者の行為終了後たとえそれを認識してその犯行に参加したとしても、後行者は先行者の行為を支配したとは云えないわけで先行者の行為についてその責を負うべき理由はない。この事は仮に後行者が先行者の惹起した状態を利用したとしても同じであり、先行者が一方的に後行者の参加を予定していたとしても消長を来たさない。又この事は単純一罪のみならず包括一罪においても同様である。かくて本件においても豊、石田、関、正雄、小沢、石合の各被告人はその参加前の他の被告人の犯行については責を負はないものと云わなければならない。従つて伊藤及び小松原以外の各被告人に本件致傷の責任を負わすには、本件一連の強姦行為により傷害の結果を生じたと云うことが確定出来るだけでなく進んで当該被告人の犯行の際本件致傷の結果を来した事が確定出来なければならないのであるが本件においては前記の如くこれを確定できないのであるから結局同被告人等については強姦の範囲内で責任を問い得るに過ぎない。ところが強姦罪については被害者の告訴が訴訟条件であるところ証拠によると本件強姦の起訴が昭和三二年一一月一一日早くとも午前一〇時以後及び同月一三日になされているのに対し、それ以前である同月一一日午前九時頃被害者から検察庁に対し告訴の取消がなされていることを認められる。もつとも本件告訴取消について多少の問題点があるので若干説明を加えておこう。先ず本件告訴は被害者A女においてなされているのに対し、告訴取下書は「告訴人逸見寅吉」として父親名義となつていてA女の代理人たる表示はない。もとより告訴の取消は代理人によつてもこれを為すことが出来るのであり、その場合でも民法所定の如く顕名主義を要求するものでなく、又要式行為でもない。ただ訴訟手続の確実安定性の要請からその表示されたところに従つて客観的に代理人によつてなされたことが認められることが必要である。かと云つていたずらに形式的杓子定規な確釈をもつて民を害するものであつてはならない。要は訴訟手続の安定性を害さなければよいのであつてその範囲内において合理的に解釈すべきである。然らば本件において告訴人逸見寅吉の名をもつてする告訴取消の効果は如何なものであろうか。当裁判所は次の理由からこれを有効なものと考える。本件告訴取下書は示談書と共に一括して検察庁に提出されたものであるが、その示談書には加害者側親族と共に被害者としてA女の署名押印があり、民事上の和解を証する書面としてはそれで必要にして充分であるのに拘らず、父親が「被害者受領者逸見寅吉」として署名押印している。この事からA女が成年とは云え当時僅か二一年で中学を出た程度の法律的知識の乏しい鄙村の娘であつてみれば、A女と加害者の親族等との間にする示談告訴取下の手続について、A女の父親たる寅吉がA女に代つて釆配を振いその衝に当つたであろうことは容易に推察されるところであり、現にまたこのことは証人長堀喜市、同逸見寅吉同A女(A女については第六回公判期日の分)の当公判廷における各供述によつても明認し得るところである。更に又云うまでもなく示談と云うのは民事上の損害賠償請求についての和解ではあるが、本件の如く親告罪についての示談においては、特段の場合でない限り被害者において加害者の犯行を宥恕し先になした告訴取下げ刑事処分を求めないのが普通である。而して前示各証人の供述によれば右示談の際におけるA女の意思も正にそうであつたことが認められる。かくて本件告訴取下は寅吉がA女の代理人としてなしたものであり、この告訴取下書を受領した捜査官としては一括提出された示談書を併せ参照して本件告訴の取消は寅吉がA女の代理人としてなしたものであることを容易に推認できた筋合であるから本件告訴の取消は寅吉がA女の代理人としてなした適法なものと云わなければならない。これが本件告訴取下書の合理的解釈であり、又斯様に解したとしてもいささかも訴訟手続の安定性を害するものでもなく訴訟行為の解釈の表示主義に反するものでもない。従つて被告人石田、同関、同並木正雄、同小沢、同石合、同並木豊に対する本件公訴提起は告訴を欠くことになつてその手続が違法であつて無効な場合であるので刑事訴訟法三三八条四号により公訴棄却の判決をする。

第三、訴訟費用負担について(略)

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 伊沢庚子郎 谷口正孝 近藤和義)

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